Text by Nanako Yamamoto
剛!剛!剛!…
開演前のZepp Nagoyaは、長渕剛の登場を前に、割れんばかりのコールとウェーブ。
初めて長渕剛のライブに参戦したわたしは、そのあまりの熱気に圧倒されていた。
初めてと言えば、クラシックのコンサートには毎週足を運ぶけれど、歌手の方のコンサートを聴く事自体、実はほとんど初めてのわたし。
正直に言うと、少し怯えてもいた。
この会場中から立ちのぼる熱気は、なに?
この観客の皆さんの瞳の輝きは、なに?
開演時間が近づくにつれて、息をするのも苦しいくらいの期待感ではちきれんばかりになっていく会場。
2階席のフェンスから乗り出して、もはや瞳を潤ませてステージを見つめている隣の席の方。
どうしよう…わたし、ここにいていいのかな?
東京から名古屋までの道々、ずっとわたしの胸を弾ませていた期待に、
不安が勝ってしまいそうになった頃…
やっと、長渕剛が登場した。
そして割れんばかりの歓声の中、一曲目がはじまる。
―泣かないで 僕がいるから
泣かないで 君の側にいるから…―
しっとりと、しかし情熱的に。
たった一人の人間とたった一本のギターが生み出す音が、
会場を、一瞬にして覆っていく。
空気を染めていく。
まるで、魔法みたいだと思った。
だって、一曲目が終わる頃には、ちょっと前まで怯えて不安でいっぱいだったわたしが、周りの皆さんとおなじように、瞳を輝かせていたから。
そして、会場の熱気を心地よいと思い始めていたから。
そしてはじまった二曲目。
―ねえ ずっと いようよ
僕が 悪かったんだ
ねえ ずっと いっしょさ
君を 離さない…―
―俺の気持ちだよ!
お前らとずっと一緒にいたいと思ってるんだよ!―
曲が終わったあと力強くそう言った彼に答えるように、会場が大きく揺れる。
その様子を見て、思った。
ああ、ここにいる人たちは、みんな、長渕剛に恋をしているんだ…
冷静に周りを見ていられたのはここまで。
このあとはわたしも、時を忘れて会場の熱にとけ込んでいった。
ライブから数日たった今日、この原稿を書きながら、
二曲目以降ほとんど何も書かれていない、あの日のメモをペラペラとめくってみる。
その中に、ぐりぐりと丸で囲まれた一つの言葉を見つけた。
―みんな、心にぽっかり空いた小さな穴を埋めようと思って、レコード屋で長渕剛のレコードを手に取ってくれたんだろ?
ありがとな―
ああ、これか…。と、得心がいった。
あの、会場の熱気や、
観客の瞳の輝きや、
隅々まで染み入った空気の正体。
人には、この人でなければという事がある。
心に、その人の形の穴をぽっかりと空けて
傷でも、愛でも、何でも構わないから、
そこを埋めてもらうのを待っているのだ。
そして、彼のファンは、みんな心に長渕剛の形の穴を空けているのだ。
恋というのとも、少しだけ違う。
もう少し切実で、もう少しパーソナルな、「何か」。
その「何か」が、あの日会場の皆が瞳を輝かせ、足を踏み鳴らし、拳を突き上げて求めていた「長渕剛」という存在が与えてくれるものなのだ。
それにしても、衝撃的な夏の日だった。